火葬場について考える会

岡山市が産廃処分場跡地を高額で取得し火葬場を作ろうとしています。私たちは問題だらけの新斎場計画に反対している市民団体です。

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判決文を読む会を開催しました。

 今日(3月14日)午前10時~13時半、片山宅にて「判決文を読む会」を開催しました。判決文というのはなかなか難しいものです。「えっ?どういうこと??」「ああ、そうか」と皆さん疑問を抱いては考え、納得することもあれば、「ここは納得できないな」と憤ることもあり、少しずつ読み進めていきました。 2時間ほどで全文を読み終わりましたが、残った違和感。しれは、「どうして裁判所は岡山市の言い分をすべて鵜呑みにして、その正当性しか主張しないのだろう?」ということでした。 判決文では、第1審で、不動産鑑定士が形質変更に係る調査が必要だという事など知らなかった、と証言していたにもかかわらず、廣畑・石田両鑑定士の鑑定は合理性が認められるというのだから、どうしようもありません。 よくもここまで理不尽な判決文が書けるものだと思います。裁判官の方々は本当に私たちの提出した資料をきちんと読んでくださったのでしょうか?きちんと読んでくださったなら、こんな判決は出ないはず・・・・だと思うのですが。 一市民の力のなさを痛感します。 本当に、本当に情けない限りです。 でも、応援してくださる仲間がたくさんできました。誰もが「これはおかしい」と首をかしげます。あきらめず、訴え続けることが今の私たちにできることです。今日も横田さんが手作りおはぎをもってきてくださり、抹茶シフォンケーキと紅茶・コーヒーをみんなで囲んでホッとタイムもできました。こんな素敵な仲間に囲まれて私は幸せだと感じます。 もっともっとたくさんの方々にこの事実を知っていただこう!そのためには、楽しい企画で多くの方々を集める事が必要です。その中で、「こんなことがあるのです」ということを知っていただくこと。運動を大きくすること。そして、これからも続くであろう裁判にかかる費用を捻出していかなければなりません。 その第1弾として、「たけのこを掘る会」をしようと計画しています。4月21日(土)午前9時。片山宅に集合です。一緒にたけのこ堀に山に入りましょう。地元住民がご案内いたします。手入れのできていない山ですが、自然を楽しんでみませんか?! 

訴状を読む会を開催しました。

2ヶ月ぶりの訴状を読む会を開催しました。はじめて来てくださった方、差し入れをもってきてくださる方、皆さんに感謝です。我が家のおひな様も和やかな温かい集まりを嬉しそうに見守ってくれたようです。判決まであと2週間ちょっととなった今ですが、控訴理由書を読み進めているうちに、改めて問題点を確認するやら、「なぜ、一審で敗訴したんだろう?」という疑問が湧くやら・・・・・一審判決の矛盾点、岡山市の不動産鑑定に対する姿勢そのものの問題点などが鮮明に浮かび上がってきます。皆、声を出して読みながら、「そうだよね~」「おかしいよね~」と唸るばかりです。全69ページに及ぶ「控訴理由書」。今日の読み合わせで印象に残ったのは、「土地の形質変更の工事においては、事前の予測と異なった事態にあっても生活環境保全上の支障が生ずることを最小限に留めるために、工事着手、工事中、および工事終了後においてもモニタリングを行うことになっている。このように産業廃棄物処分場跡地は、形質変更を行って利用しようとすれば、通常の土地にはない負担がつきまとうことになる。そのような土地であることが、土地の価格として適正に評価されているかが問題であり、鑑定評価時において、そのことは全く考慮されていない。」というところでした。岡山市は「何か問題があれは対処して工事を進める」と主張するばかりですが、果たしてどんな問題が起こるか計り知れないこの土地をいくら費用がかかろうとも対処しながら工事を進め続けるということ自体、税金を投入して行う事業として適切なのか?という疑問も湧いてくるわけです。危機管理意識に問題がありです。また、控訴理由書のなかでは、岡山市が土地購入後に行った調査の不十分さもしっかりと指摘していました。これは私たちがずっと主張し続けてきたことですが、それを知らんふりできる岡山市っていったい・・・・・?ますます疑惑は大きくなるばかりです。3月15日の判決は、大勢の市民の目で、「不正は許さない!」という姿勢を見せることができれば、と思います。

力強い応援メッセージが届きました!

先週末、インフルエンザから復活し、何気なくメールチェックをしていると、チェンジオルグに署名があったとの報告があり・・・そこには高校時代の恩師のお名前がありました。私が最も尊敬している先生からの激励の言葉はとても嬉しく元気づけられました。京都大学ご出身で国語の先生だったI先生。人生の中で迷いながらも、色々な経験を積み、自己決定の繰り返しを経験する高校3年間をともに過ごしたI先生。物静かですが、生徒一人一人をじっくりと見てその時々に適切な助言、アドバイスをくださり、時には厳しい先生でした。先生は、「インターネットで火葬場問題について細かく検索し、全部読ませてもらったよ」と言ってくださっていました。「小川(私の旧姓です)がこんな住民運動を引っ張る人間になっていたとは」と驚かれながらも「小川らしいな」と笑っておられました。そして、考える会のメンバーの皆さんでどうぞ、とご自宅で栽培した果物を送ってくださったこともありました。そのI先生が「がんばれ!」といつも香川県から応援してくださっています。3月15日の判決ではともに「よかった」と言えるよう、これからも頑張ります。以下、I先生からの励ましのメールです。****************************************岡山市の火葬場建設計画は、大きな問題点を抱えていると思います。それは、「考える会」が集約している4点になるでしょう。きわめて素朴で、まっとうな疑問ばかりです。行政側は、これらについて真摯に答える必要があります。しかし、「地元町内会長の承諾書がある」の一点張り。それは、地区住民の同意を得て民主的に決められたものではないでしょう。スタートが間違っているのであれば、そこまで戻らなければなりません。まさにモリ・カケ問題と同根であり、民主主義の危機を感じます。 「考える会」の皆さん、粘り強く頑張ってください。*****************************************やはり、誰が見ても、私たちの主張はまっとうだと思っていただけるのだとなぜか嬉しいです。I先生のおっしゃる「民主主義の危機を感じる」とのお言葉。これは先日、加計学園問題を考える会でご講演をなさった前川喜平氏の「民主主義の機能をどうやって働かせるか」が今後の問題だとおっしゃったことにつながります。今治市が加計学園に対して出す補助金が国税である「合併特例債」でまかなわれるという点、岡山市が計画している火葬場計画50億円の予算の内、半額が「合併特例債」であるという点でも全く同じ構図。岡山市だけの問題ではないことが分かります。何とか皆さんに知っていただき、声を上げなければなりません。

明けましておめでとうございます。

 2018年新しい年が始まりました。 私は、先日(1月3日)に親族に不幸があり、福山へと葬儀に参列いたしました。火葬場は福山市にある神辺斎場でした。神辺斎場は、麓には集落がありますが、その集落から車で山道を登った場所にありました。周りは山に囲まれた静かな場所で、「これこそ火葬場の姿」と思える場所でした。 炉の数は4つでした。 それに対して、岡山市が産廃跡地に作ろうとしている火葬場は、馬屋上学区の最も高い位置にあり、そこから麓集落が一望できる場所です。なんと見晴らしの良い場所でしょう。しかも、炉の数は12炉。ですから、神辺斎場の3倍!排気は谷間に沿って麓集落を覆い尽くすでしょう。 岡山市は「バグフィルターがあるから無害・安全」と言い切りますが、馬屋上学区での説明会では、煙突を25m以上にしないと、麓集落では排気ガス基準を上回る数値が予測されるとの説明があったはず・・・・。 いったいどうなっているのでしょうか??? たった4炉の神辺斎場ですら、このような山の中に、しかも四方が山に囲まれた場所に作っているのです。馬屋上学区内にもこのような条件の場所はたくさんあるはずです。なのに、なぜ、ここなのか???ますます疑問が湧いた昨日の経験でした。 火葬場というものの本質を考えれば、今、岡山市が建設予定をしている場所はあり得ない場所です。皆様も現地(岡山の建設予定地)をぜひ、ご覧ください。本当にこれでいいのかと疑問を持つはずです。 岡山市は無責任なこの計画を考え直すべきだと改めて感じた1日でした。 今年もよろしくお願い申し上げます。

控訴審が結審しました。

今日、午前11時5分、予定より5分遅れて審議が始まりました。・・・・が、わずか20秒ほどでしょうか。「えっ?これだけですか?」と拍子抜けするくらいの裁判長の言葉。「これまでの資料を読み込んだ結果、証人を呼ぶことなく、結論をだすことができると判断。判決は3月15日午後1時30分に言い渡します」とのこと。とうとうこれで終わったんだな、と思う気持ちと、「えーっ!証人尋問はして欲しかった」と残念に思う気持ちと・・・・とても複雑。ましてや、お忙しい中を「傍聴席を満席に!」という私たちの呼びかけにご参集くださった皆様に、たった20秒の法廷なんて、申し訳なくて、これまた複雑。終了後いつものように公園に集合。今日の結審を振りかえりました。前回の口頭弁論から、裁判所からは何のアクションもなく今日の結審を迎えたことに対しては弁護団の中からも「判決がどうなるのか全く分からない」という意見、「必ずや私たちの主張は受け入れられると確信している」という意見、「控訴審で覆るときは、何かしら手応えがあるものだが、今回はよく分からない」という意見。一つ一つの感想に一喜一憂しながらでしたが・・・・・私自身は、これで私たちが敗訴するようなことがあるのなら、もうこの国の司法はないも同然だと感じています。勝つと信じています。でも、今の国会でのやり取りをみていると、何が起こるか分からない、どんなに理不尽でも、知らぬ存ぜぬを貫いた方が勝ち。そんな世の中だから、この裁判が敗訴しても何らおかしくないとも感じます。しかし・・・・誰が見てもおかしいと思うようなこんなことを理屈が立たない理屈を付けて「問題なし」というのなら、話になりません。どこにも訴えるところがないのなら、声を上げ続けるしかありません。草の根運動を続けるしかないのです。どのような結果になっても、私たちはあきらめません。今後も発信し続けたいと思います。どうか、ご支援をよろしくお願いいたします。